……20……19……18……

灰色の風が眼下を吹き抜ける。ボロボロに破けた金網が派手な音を立てて叩きつけられた血塗れの男の体を受け止めた。
唇から、鼻孔から、赤黒い液がどろりと流れる。肩で息をしつつ、それでもなお前方の人物を睨みつける瞳はギラギラと光っていた。

15……14……13……12……

血塗れの男を囲むのは頭髪を金色に染め上げた数人の若者だった。皆一様にニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。

……8……7……6……

黄色い歯を見せていたその口がガラリと表情を変える。若者たちの目は見開かれ、怯えた様な視線が男の手元に集中していた。
鈍い光を受け鋭く光る銀色のナイフ。若者を睨む男の目は座り、もはや光など映してはいなかった。

……3……2……1……

獣のような声をあげて血塗れ男がナイフを振りかざす。声にならない声を震わせ、怯えた目の若者が後ずさる。
跳ねる肩。丸まった背中。若者を狙うもう一つの刃。金色の頭上に黒い三日月が昇る。そして――……

『0』



耳をつんざくような悲鳴があがる。恐怖と苦痛の形相で凍りついた若者の体がゆっくりと崩れ落ち、砂けむりが舞う。その胸に銀色のナイフが深々と突き刺さっていた。
荒い呼吸を繰り返す男とピクリとも動かなくなった仲間を交互に見やり、残りの若者たちは一人、また一人と悲鳴をあげて走り去った。

その様子を、一人の少年がただ、ただぼんやりと見つめていた。

淡い栗色の短い髪。まだあどけなさの残る幼い顔は憂いを帯び、大きな瞳は虚ろに開かれ、物言わぬ亡骸を映している。
少年の手には黒い三日月状の刃を宿した大きな鎌が握りしめられていた。そして、もう片方の手には青白く揺れる小さな炎。
鎌を持つ手にぎゅうと力が込められ、少年の顔が何かに耐えるように歪む。そのままゆっくりと踵を返し、二人の男に背を向け音もなく歩き出した。
空間がぐにゃりと歪み、歩を進める小さな身体を包み込むと同時に少年の姿が忽然と消える。

灰色の風が吹く。
男の荒い呼吸音をかき消すように、遠方でパトカーのサイレンが鳴り響いた。

***

乳白色の石畳をぺたぺたと叩く足音が、ひどくゆっくりとした間隔で通路に響く。
淡い栗色の髪が、交互に足を繰り出す少年の体の傾きに合わせて小さく揺れる。眉が下がり、目を伏せたその表情は暗い。
のんびりと歩を進める少年の背後から元気な足音が聞こえてきた。その音は段々と大きくなり、やがて少年が足を止めると同時に明るい声があがる。

「ユズルー!!」

その声に振り返ると、桃色の髪を踊らせながら一人の少女が満面の笑みで駆け寄ってくるのがわかった。深い紺色のワンピースが少女の膝先で波紋を作る。
少し表情を和らげながらユズルと呼ばれた少年はゆっくりと口を開いた。

「……桜石」
「お仕事、行って来たんだ? 偉いじゃんユズル!」
「……うん……」

笑顔ではしゃぐ少女―桜石に対し、ユズルの表情は依然曇ったままだ。気のない曖昧な返事を返していると両手を腰に当てた桜石が口を尖らせる。

「もう! ユズルってばまたジメジメしてるの!? キノコ生えても知らないよ?」
「……だってさ、何回やっても慣れないんだ……。いっつも思うよ。なんでこんな事しなきゃいけないんだろうって」

そう言ってうつむくユズルに桜石の顔も陰った。ユズルから目を逸らし、丸い頬をさらにぷくりと膨らませる。
静かな風が二人の髪を揺らす。淡い色の小石が舞い上げられ、軽やかな音を立てた。

「……しょうがないじゃん。あたし達、死神なんだから……」

***

広々とした集会場に数十人の少年少女が集められている。石造りのその建物は淡い色で統一され、少年少女が身にまとう紺色の衣装をより一層目立たせていた。
集会場の一角には床や壁と同色の石で底上げされたステージが用意されている。子ども達は皆ステージに体を向けてはいるものの、誰一人として注目する者はいない。

幼い笑い声がじゃれ合う声がざわめきとなって集会場に響き渡る。その中にユズルと桜石の姿もあった。

「ねえねえユズル! いよいよだね! わくわくするね!」

ぴょんぴょんと跳びはねながら桜石がはしゃいだ声をあげる。うん、と力なくうなずきながらもユズルは足元の小石に視線を落したままだ。
もはや慣れっこなのだろう。上機嫌で鼻歌を歌う桜石はユズルのことなど気にも留めない様子だ。

やがて集会場に一人の人物が現れると、少年たちもひとり、またひとりと談笑を止めて視線を向けた。
石造りのステージに上がり、その人物は集まった子ども達の顔をぐるりと見渡す。
紺色をまとった子どもたちとは対照的な白の装束を身にまとい、長く伸びた立派な髭も同じ色をしていた。深く刻まれたシワだらけの顔で微笑み、ゆっくりと口を開く。

「みんな待たせたの。今からパートナー選抜の儀を執り行うぞ」

老人の言葉にその場に集まった少年少女たちが歓声をあげる。静かにせんかと制する声も虚しくかき消され、老人は小さく溜息をついた。

「お前たちも、もう死神の任務には慣れてきたところじゃろう。今回、みなに与えられるパートナーは、今後のお前たちの仕事の効率を上げ、お前たちがより立派な死神になるための手伝いをするためのものじゃ。そして、今回の儀をもってお前たちを一人前の死神として認め、今後は本格的に任務にあたってもらうこととなる。よいな?」

はーい!!と元気な声が集会場に響く。みな笑顔で手を上げ老人の顔を見上げていた。

ただ一人、ユズルを除いては。

パートナー選抜の儀は集会場の奥に広がる深い森の中で行う。鬱蒼と生い茂る木々に紛れ、息を潜めているパートナー候補を見つけ出し、捕獲すれば終了となる。
パートナーの外見や生態は様々である。翼をもつもの、俊敏な足をもつもの、巨大なもの、人間の形に近いもの……。
死神とペアになったパートナーたちは情報の伝達や死亡した人間の魂の運搬、次のターゲットの捜索などを主に担当し、忙しい身となる一流の死神たちにとってなくてはならない存在となる。

「よおぉーっし! 頑張って探すよ、ユズル!」

両手でガッツポーズを作り桜石が威勢のよい声をあげる。その隣で俯いているユズルは依然として顔に暗い影を落としたままだ。
元気よく駆けだした桜石の背中をゆっくりと追いかける。時折振り返り、「早く早く!」と手招きする彼女の顔は好奇心に満ちてキラキラと輝いていた。

「ねえユズル! ユズルは、パートナーにするんだったらどんなのが良い?」

目を輝かせながら桜石が問いかける。森の中に響き渡る様々な鳴き声や同期の死神たちの声。そのひとつひとつが、桜石の想像を掻き立てる。
満面の笑みではしゃぐ少女を一瞥し、ユズルは宙を仰いだ。

「……うーん……。……どうでもいい」
「もー! ユズルなら絶対そう言うと思ったよ!」

頬を膨らませて桜石が声を荒げる。少し困惑した表情でユズルが彼女に視線を向けた瞬間、少女の背後の茂みで揺れた。
ちらりと見えたその体は淡いピンク色のふわふわとした『なにか』だった。眉をひそめてユズルが茂みを指差す。

「桜石。……うしろ」
「えっ?」

目を丸くして桜石が振り返る。不自然に揺れる茂みから飛び出すピンク色を見つけた途端、その瞳がらんらんと輝いた。

「みぃーつけたっ!!」

ワンピースをひるがえし、勢いよく茂みに飛び込む。桜石の姿が隠れると同時に幼い女の子のような可愛らしい悲鳴があがった。

ドタンバタンと茂みが騒がしく揺れ動く。しばらくの後茂みから顔を出した桜石が両手で抱きかかえていたものは、ふわふわとした毛並みを持つピンク色の小動物だった。

「ユズル! 見て見て、捕まえたよ!」
「ちがうのよ! アタシはまだ捕まってないのよ! 離してよ!」

桜石の腕の中でじたばたと暴れるピンク色の獣。紛れもなく、森の中で身を潜めていたパートナー候補だった。

腰をかがめユズルは小さな毛玉に顔を近付ける。威勢のよい性格といい、怒った顔といい、その獣は本当に―……

「……桜石そっくりだ」
「え!? うそぉ、そうかなあ? あたしこんなに可愛い?」

満面の笑みを浮かべながら桜石が体をよじる。その度にぶんぶんと振り回される獣が「ちょっと!」「やめなさいよちんちくりん!」と抗議の声をあげるも彼女の耳には届いていない様子だ。
桜石の胸を後ろ足で蹴り上げ、ピンク色の獣が腕の中から脱出する。地面にしなやかに降り立つと、まるでネコのようにぶるぶると体を震わせた。

「もう! アンタのせいで毛並みがぐちゃぐちゃなのよ!」
「ごめんごめん! ねぇ、あたしのパートナーになってよ。いいでしょ?」
「イヤよ! 騒がしいガキんちょは嫌いなの!」

頬を膨らませた小さな横顔がぷいとそっぽを向く。そういうクセまで桜石そっくりだ、とユズルは妙なところで感心していた。
ぽん、と手をたたき、少女はなおも満面の笑みで獣に問いかける。

「そうだ、まだ名前聞いてなかった! あたしは桜石。こっちはユズル。これからよろしくね!」
「……もう! 人の話を聞かない子はもっと嫌いなのよ!」

観念したようにピンクの獣が桜石に視線を戻す。長い尻尾を揺らしながら少女の前まで歩みを進め、その瞳をじっと真正面から見上げた。

「アタシは小梅。アンタ、このアタシがパートナーになってあげるんだから感謝するのよ!」
「うん! ありがと!」

小梅を抱き上げ桜石が幸せそうに笑う。良かったね、とユズルが声をかけると元気の良い返事が返ってきた。

深い森の中に少女の笑い声が響き渡る。選抜の儀はまだ始まったばかりだ。



「中々見つからないねえ。みんなどこにいるのかな?」
「ちょっとユズル! アンタもしっかり探しなさいよこのちんちくりん!」

前方から聞こえる賑やかな声にユズルは小さく息を吐く。気合いを入れている桜石や小梅には申し訳ないが、パートナー選抜の儀は彼にとって憂鬱なものでしかなかった。
この儀が終わったら一人前の死神としてこれからもっともっとたくさんの人間の死に立ち合わなくてはいけない。死期の近づいた人間を監視し、「その時」になったら人間から魂を切り離し迷わないように天界へと導く。

何度行っても慣れない、ユズルの大嫌いな仕事だった。

「……二人とも、もういいよ。あとは僕一人で探すから先に帰ってて……」
「ダメ! 絶対ダメだよ! 一人にしたら絶対ユズル帰ってこないもん」

図星だった。ピシャリと却下されユズルは喉を詰まらせる。

このままパートナー候補たちと一緒に森の中に息を潜め、死神業から少しでも逃れたいと思ったがそう甘くはないらしい。
はぁ、と諦めの悪い溜息をついた瞬間、前方から太い叫び声があがった。ピタリと足を止めユズルと桜石は木々の向こうを見やる。

やがて現れたのは丸々と太った少年だった。大きなお腹を揺らし、短い足を必死に動かしてもがくように走っている。恐怖に染まった表情を浮かべているその少年に桜石は暢気な声をあげて手を振った。

「おーい! バンター! なにしてんのー?」
「桜ちゃん、ユズル! お前たちこそ何してんだよお! 早く逃げろよー!」
「えー? どうしたの?」

膝に手をつき、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返すバンタを見て桜石は小首を傾げる。やっとの思いであげた丸々とした顔にはたくさんの汗が光っていた。

「あっちの方で、黒いヤツが暴れてるんだ! 俺も追いかけられて……って、来たあ!」

後ろを振り返りバンタが青ざめる。その視線を追って、桜石と小梅も同時に悲鳴をあげた。

真っ黒な毛並みをもつ獣が木々の間を駆け抜ける。ピンと立った耳に太い尾、わずかに開かれた口からは鋭利な牙が見え隠れしていた。
怯えた悲鳴をあげながらバンタが、桜石が、小梅がユズルの横を走り抜ける。

ユズルはただ、黒い獣から目を離せないでいた。

ぼんやりとした目で獣を見つめながら、ああ、ツメも黒いんだなあとか、鼻が濡れてるなあとか、どうでも良い思考を巡らせる。

「ユズル! なにしてるの!? 早く逃げてよ!!」

背後から桜石の悲痛な叫び声が聞こえる。
逃げようにも獣はもうユズルの目と鼻の先にいるのだ。今更どこへも逃げられない。

獣が跳躍する。二本の前足が真っ直ぐ突き出される。顔色ひとつ変えずに、ユズルはそれを受け入れた。

お腹の毛は少し薄くて白っぽいんだな、とか思いながら。

背中と肩に強い衝撃が走る。ぐるりと回った視界に黒い獣の牙がうつる。続いて赤い舌が、ピンク色の口内が、ユズルの視界いっぱいに広がった。
獣の息とゆっくりと滴る唾液が頬を撫でる。誰のものかわからない悲鳴がはっきりと聞こえるほど、その場は静寂に包まれていた。

「……お前、怖くないのか?」

ゆっくりと顔を離し、獣が問う。眉ひとつ動かさずユズルはいつもの憂いを帯びた表情を向けた。

「なんで? ……早く噛んでよ。ひと思いに」
「お前、死神のくせに自殺願望があるのか?……変なやつだ」

少年の願いとは裏腹に黒い獣はゆっくりとその小さな体を解放する。獣の動きに合わせて上体を起こすと、背後からバタバタと騒がしい足音が近付いた。

「ユズル! 大丈夫!?」
「なんだよもー! 心配かけるなよお!」

矢継ぎ早にかけられる言葉にユズルは一言「ごめん」とだけ返す。黒い獣に視線をうつし、小梅が全身の毛を逆立てた。

「ちょっとアンタ! びっくりしたじゃない! 心臓が止まるかと思ったのよ!」
「悪い。あのジイさんに頼まれたんだ。死神の子どもたちの肝っ玉を鍛えるためにちょっと脅かしてやれと。……そして、見事恐怖に打ち勝った者のパートナーになれと」
「おジイに? ……あ~……あのおジイならやりかねないなあ」

ユズルの背中を支えながら桜石が納得したようにうなずく。その隣で黒い獣とユズルを交互に見やり、バンタが感嘆の声をあげた。

「ということは、こいつがユズルのパートナーになるってこと? うわあー良いなあ! カッコイイなあ!」
「……じゃあ、あげる」

無気力に放たれたユズルの言葉にまんまるな顔がぱぁっと輝く。「オイ」と声を荒げて獣が牽制しなければ、そのまま滞りなく譲渡が行われていただろう。

「……まったく、お前は本当に変なやつだな。おい、変なお前。早く俺に名前をつけろ」

呆れた表情で獣がパートナーを見やると、下がりっぱなしの眉が訝しげにひそめられた。

「名前、ないの?」
「ああ。そもそも俺たちは過去に何人もの死神とパートナーを組んでいる。最初に組んだ死神につけられた名前をそのまま名乗り続けるものもいれば、俺のように新たにパートナーを組むたび名前を変えるものもいる。……分かったら、早くしろ」

急かすように唸る獣を見つめ、ユズルは首をひねる。面倒くさい。どうでもいい。そればかりが頭を支配し、とてもじゃないがまともな名付けなど出来る状況ではなかった。

「……くろ?」

小首を傾げながらぽつりと呟くと桜石が小さく吹き出す。あまりにも安直で適当な名付け。それに気付き、獣もぐるると唸った。

「もう少しカッコイイ名前にしろ」
「……まっくろ」

気だるそうに放たれた言葉にバンタも思わず肩を震わせる。金色の瞳でパートナーを睨みつける獣の口から承諾の言葉はでてこない。名付けられる方にも、多少なりと名前を選ぶ権利があるのだ。

「まろ……」
「もう、好きに呼べ……」

首を垂れて獣が落胆の息を吐く。くろもまっくろもまろも正直どれも気に入らないが、これ以上時間を割いても少年が真面目に名前を考えることはないだろう。

「ユズルに名付けを頼んだのが間違いだったね」

けらけらと笑いながら桜石が獣の頭をなでる。ぐるる、と低く鳴きながら獣はパートナーの顔を見やった。

その顔は依然として憂いを帯び、暗く沈んだままだった。

***

冷たい石で造り上げられたその乳白色の建物は、一目では見渡せられないほど広大であった。
中心に鎮座するのは集会場。そこから渡り廊下で繋がれ、クモの巣状に張り巡らされた数々の施設。
建物の裏には先程パートナー選抜の儀が行われた深い森がその口を大きく開け、反対側には死神達の寝室となる小さな石造りのコテージが集落のように広がっていた。

「…………はぁ」

小さく息を吐いてユズルは空を仰ぐ。今この瞬間に視界いっぱいに広がる空は集落を超え、仕事場を超え、集会場を超え森を超え、どこまでもどこまでも続いている。
腰かけていたコテージの屋根をそっと撫でる。ユズルたちに与えられたのはこのちっぽけな乳白色の世界だけ。もう一度少年が暗い溜息を吐いたころ、背後から心配そうな声が聞こえた。

「ここにいたのか」

ユズルがゆっくりと振り返ると、黒い毛並みのオオカミのような獣がゆらゆらと尻尾を揺らしていた。

「……まろ」
「結局それにしたのか」

パートナーの隣に腰を下ろし、まろが諦めたような息を吐く。それに答えることなくユズルは再び黒い空を仰いだ。

頭上の広がる満天の星空。その小さな輝きのひとつひとつを、ただ何の感動も抱かずにじっと見つめていた。

「……お前みたいなジメジメした死神は初めて見たぞ。何がそんなに不満なんだ」
「……不満っていうか……」

ゆっくりと視線を落とし眉をひそめる。夜の闇に溶け込むような紺色の死神装束。それを目立たせるための乳白色の石についた手のひらに、ぐっと力を込める。

「……いやなんだ。人間が死ぬところとか、もう見たくない」
「そんな事言って仕方ないだろう。人間には一人一人決められた寿命がある。お前がどんなに拒んだって、その人間が生きながらえる訳じゃない」
「……わかってるよ。……わかってるけど……」

目を閉じたユズルの瞼の裏に今まで死んでいった人間たちの顔がよみがえる。
苦痛の表情を浮かべて死んでいったもの。病院のベッドの上で眠るように死んでいったもの。
取り残された人々が泣き叫ぶ悲痛な声を聞くたび小さな胸の中に芽生えるのは、押し潰されそうになるほどの罪悪感。

そう。それはまるで、自分が殺したかのような罪悪感だった。

「……お前は、死神には向いていないな」

まろがそう呟くと、「僕もそう思う」と同意の声があがる。こんな気の重くなるような仕事は、桜石のような底抜けに明るい性格のものが向いているのだ。
再び広大な星空を見上げユズルは目を細めた。

「……僕、人間に生まれたかったなあ。人間だったら、こんな狭いところに閉じ込められることもなく、のびのびと自由に生きられたのに」

その隣でまろも同じように空を仰ぎ見た。この空が続く先に広がる人間の世界。
すう、と目を細めて思いを馳せる少年の隣で、まろはただ無限に広がる輝きを見つめていた。

やさしいひと【前編】

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