※※「白のフリーク」本編ネタばれ有りです。※※

本編の21話「はじまりの夜」の裏側。
套矢視点メイン ※ギャグ風味

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―――

「12月24日は何の日だ?」
「・・・は?」

突然投げかけられた質問に、套矢は思わず眉間に皺を寄せた。
いつものように、ニヤニヤと軽い笑みを浮かべているカヤトは、口を開くやいなやそんな妙ちきりんなことを言い出す。
眉をひそめたままの套矢に痺れを切らしたのか、カヤトはより一層笑顔を濃くして再度同じ質問を投げかけた。

「12月24日は何の日だ?」
「・・・クリスマスイヴ、でしょ。」
「そう!その通り!」

嬉しそうに両手をぽんと合わせ、カヤトは表情を崩さないまま言葉を続ける。しかし、その内容と相まってカヤトの笑顔は先程と比べてひどく自虐的なものに感じ取れた。

「・・・で、そのクリスマスイヴに、何で俺はこんな色気のない所にいるのかな、套矢?」

(・・・俺に言われても困る)
はあ、と小さい溜息をついて套矢は自身の黒髪を掻きあげた。

事の始まりは数時間前。沈み始めた太陽が辺りを薄闇に染め上げる頃だった。
今日一日、ずっと落ち着かない様子の瑞煕が最初に研究所を後にし、その30分後には朝奈も祷葵と一緒に夜の街へと消えて行った。
数少ない女性陣が全員出払い、男一色になった河拿研究所に、浮かれ足でのこのこやってきたのがこの男、古斑カヤトだ。
おおかた、瑞煕と一緒にクリスマスを過ごそうなどと企んでいたのだろう。男しかいないこの状況に目を丸くしたカヤトに、套矢が上記のことを伝えると「つまらない!つまらない!」
と子どものように駄々をこね始めたのだから手のつけようがない。
頭の上に暗雲を乗っけて見るからに脱力しているカヤトの気をなんとか紛らわそうと、套矢は努めて明るく声をかけた。

「まあ、そう気を落とすなって。あと二人来るからさ、そうしたらクリスマスパーティーを始めよう。」
「えっ!?誰?誰?女の子!?」

ぱあっと顔を輝かせ、ぐいぐい体を乗り出してくるカヤトに、套矢は内心しまった、と思った。
このままでは先程よりも深く傷つくことになるだろう。しかし―・・・

ピンポーン―・・・

「っ!!来たみたいだな!」
時すでに遅し。玄関のセンサーが来訪者を告げる音が部屋に響き、カヤトが弾かれるように飛び出した。套矢も慌ててその後を追い、玄関へと向かう。
誤解を解く暇など無かった。頭の中を甘い期待でいっぱいにしたカヤトが落胆した姿が容易に想像できる。そして、それはすぐに現実となった。

「なんだよ!男じゃないか!」

玄関で頭を抱え出したカヤトに、套矢は「女の子だなんて一言も言っていない。」と告げるので精一杯だった。出会い頭にいきなり怒号を浴びせられ、遷己と暁良がきょとん、と首を傾げる。
「・・・なに。どうしたの、この人。」
「ほっといて良いよ。買い出しお疲れさま。」
遷己からビニール袋を受け取りつつ、横目でカヤトを見やる。

―・・・やれやれ、ほんの一週間前ほどに「理子にふさわしい男になる。」と豪語していたのはどの口だ。
呆れたように小さく肩を落としながら、套矢はスリッパを鳴らしながら廊下を進む。背後から聞こえる遷己と暁良の話声。そして、ひとつテンポが遅れて鳴る沈んだ足音。
理子に会えない以上、カヤトが実在する他の女子や瑞煕に執着するのは仕方のない、ことなのかもしれない、けれど―・・・

(間違っても瑞煕に手を出した日には、兄さんや遷己、瑞煕の彼氏くんに袋叩きにされるんだろうなあ)

それだけではなく、きっと朝奈だって黙ってはいないだろう。怒りに身を任せている彼女の姿を想像し、套矢は静かに体を震わせた。
なんとしても、それだけは避けたい。万が一にもカヤトのとばっちりを受けて、こちらにまで飛び火してくるのはごめんだ。ビニール袋の持ち手をギリ、と握りしめて套矢は固く決意した。

―・・・

遷己と暁良が買ってきた料理を、食堂の長テーブルの上へと運ぶ。
クリスマスらしいオードブルにチキン、さらには寿司までもが用意され、和洋折衷なごちそうが並ぶ頃にはカヤトの機嫌もすっかり治っていた。

「それじゃ、カンパーイ!!」
かんぱーい、と声を合わせてグラスをこつん、と合わせる。中に注がれているのがシャンパンなどの洒落たものではないことを、黄金色の炭酸に覆いかぶさった白い泡が物語っている。
喉を鳴らして厚い泡と一緒にアルコールを体内に流し込む。途端に、指の先まで痺れるような快感に襲われる。心身共に凍えてしまいそうなこんな真冬の夜でも、冷えたビールというのは美味しく感じるものだ。

「そういえばさ、クリスマスなんていう書き入れ時によく二人ともバイト休めたよね?」
オードブルに舌鼓を打ちつつ、カヤトが遷己と暁良に問いかける。アルコールが入ってすっかり気を良くしたらしい。その顔には締まりの無い笑顔が浮かんでいた。
「俺はもともとバイト休むつもりだったよ?クリスマスは瑞煕と一緒に過ごすつもり・・・だったのに・・・。」
遷己の顔がみるみるうちに曇ってゆく。皆一様に「ああ・・・」と察したような声を漏らし、誰からともなく遷己から視線を外す。
套矢やカヤトも、この短い付き合いの中で、遷己が妹である瑞煕のことを猫可愛がりしていることは容易に察することができた。今でこそ大分打ち解けたものの、最初は一緒に研究所で
暮らすことになった套矢のことを警戒して、瑞煕に近付かせまいと奔走していたものだ。
その妹が、クリスマスイヴのこの夜に男友達(まあ、おそらく彼氏だろう)と二人で出掛けているともなれば気が気じゃないのは当たり前だ。
かける言葉も見当たらず、套矢は行き場を失った声を飲み込むようにグラスに口をつけた。

「瑞煕、カレシくんとデートかあ。・・・こりゃ朝帰りコースかもな。」
「ぶっ!!」

飄々としながら放たれたカヤトの言葉に、套矢と遷己は同時に勢いよくビールを吹き出した。
うわ!と小さな悲鳴をあげた暁良とは対照的に、カヤトは以前としてへらへらと笑っている。
「なんてこと言うんだよ!ありえないから!ってゆーか、友達って言ってたし!彼氏じゃないし!!」
げほげほと咳き込みながら、遷己が早口で捲し立てる。認めたくないのだろう。見ている方が可哀想になるくらい必死だった。
単に遷己をからかいたかったのだろう、カヤトが満足そうに笑っている。悪い癖だ。こぼしたビールを拭き取りながら套矢は横目でカヤトを睨んだ。

「・・・でもさ、仮に彼氏じゃなかったとしても、クリスマスイヴに二人っきりで過ごすってことは・・・。」
ぐるん! カヤトを睨んでいた遷己の顔が、勢いよく暁良へと向けられる。
遷己が背負っているどす黒いオーラを可視できたのか、その鬼気迫る表情に圧倒されたのか、暁良の肩がびく、と跳ねあがった。
「・・・す、少なくとも、さ・・・。」
遷己を包む黒いものがずずず、と濃くなってゆく。暁良の額で汗が光る。
ごくり、と唾を飲み込んで暁良が気休めばかりの笑顔を浮かべる。が、大分ひきつっていた。無理もない。
「な、なんか・・・お互い、好き合っていたり、とか・・・。」
「うおおおおおおおおおおおいっっっ!!!」
暁良が言い終わらないうちに獣のような叫び声があがる。次の瞬間、遷己が椅子を蹴飛ばす音と暁良の悲鳴が同時にあがった。
「暁良まで!俺を追い詰めるというのか!この!この!」
「いっててててて!やめ・・・!やめろよ!俺はただ第三者として、客観的な意見をををおおっ!」
固く握ったげんこつで両のこめかみをぐりぐりとえぐられ、暁良が派手な音を立てて暴れ回る。
ガタン!バタン!とテーブルが振動し、骨つきのチキンが宙を舞う。とりあえずビールのグラスを持ち上げて避難させ、套矢はさすが朝奈の弟だ、物事を冷静に見ている、などと暢気な笑みを浮かべた。

(それにしても・・・)
遷己とじゃれ合っている暁良を見やり、套矢は手元のグラスに視線を落とした。あの時、4歳だった暁良とこうして酒を飲んでいるなど、なんだか不思議な感覚に襲われるものだ。
しかも、暁良も套矢のことを覚えていたというのだから驚きだ。記憶力の良さも姉ゆずりらしい。
(・・・って、何で朝奈のことばかり考えてるんだろう、俺は・・・。)
大きくかぶりを振って思考を打ち消す。こんな感情は、遥か昔に置いてきたはずだったのに。

「・・・ん?どうしたんだ、套矢?」
一人で動揺していた姿を見られたらしい。隣から飛んできた声に羞恥心を煽られ、套矢はろくに思考しないままぎこちないだろう笑顔を浮かべる。
「な、なんでもないよ、兄さん。」

(―・・・しまった)

言い終えてから気付き、套矢は凍りついた。瞬時に笑顔が消え、全身から汗が噴き出す。
一瞬目を丸くしたカヤトが、ニヤニヤとたちの悪い表情を浮かべる。ここで動揺を見せてはカヤトの加虐心を煽るだけだ。
極めて冷静に、努めて冷静に、出来る限り冷静に、対処しなければ。
「・・・ごめん、間違えた。」
「いや間違えてないよ!?俺も一応套矢の兄さんだからね!?」
「ああ・・・“元”ね。」
「ええ!ひっどい!套矢がいじめる!套矢がいじめるんだけどー!」
ぐらぐらと体を揺らしながら声をあげて同情を集めようとしている。そんなへらへらとした口調と顔じゃまったく説得力がないのだけど。
しかし、どうやらカヤトの気を逸らすことは叶ったようだ。アルコールも進み、かなり面倒なことになっているカヤトに絡まれてしまってはせっかくのパーティが台無しだ。
安堵の息を吐いてグラスを傾ける。気がつけば、遷己と暁良の方も終戦を迎えたようだ。テーブルの上に上半身を預け、平べったくのびている。
「あーあ。祷葵も今日はデートかあ。良いなあ~。」
先程の套矢とカヤトの話を断片的に聞いていたのだろう、話題の矛先が研究所を留守にしているもう一人の人物の方へ向かう。
ちくりと胸を刺すわずかな痛みを感じながら、套矢が同意する。それと同時に、カヤトが嬉々とした声をあげた。

「ってゆーか!所長さんと副所長さんこそ朝帰りコースっしょ!?」
「・・・生々しいからやめて・・・。」

カヤトの言葉に、套矢と暁良が一言一句違わぬ抗議の声をあげながら同時に頭を抱える。誰しも、肉親のそんなプライベートには踏み込みたくないものだ。
そのどっちの悩みにも属さない遷己が、のんきな声を套矢に向ける。
「なあなあ、祷葵と朝奈さんっていつからそういう関係になったの?一緒に研究所にいる間は、あんまそういう素振り見せなかったんだけど。」
「・・・俺はちっちゃい時しかわからないからなあ。あの時もすごい仲は良かったけど。・・・暁良は知ってる?」
「えっ?」
急に話題を振られて暁良が目を丸くする。低く唸りながら首をひねり、記憶を必死に辿っているようだ。
「・・・いつからかな。ずっと一緒にいたみたいだし。・・・でも、付き合いだしたとか、なら・・・多分、高校の時くらいだと思う。その頃から・・・なんつーか、姉ちゃん、変わったし。」
ビールの入ったグラスを回しながら、ぽつりぽつりと自信なさげな声をあげる。・・・否、自信がないのではなく、言うのを躊躇っているようだった。
無理もない。今から9年前に当たるその時期は、丁度河拿研究所の前所長とその妻が無念の死を遂げた時期と一致している。
今まではっきりしなかった二人の関係が、両親の死を目の当たりにして傷心している祷葵を朝奈が励ましているうちに、ということなのだろう。
それならば納得がいく、とばかりに套矢が深く頷いていると正面から不意に声がかかる。

「・・・で?套矢はどうなの?」

「・・・・・・ん?」
質問の意図が分からず、思わず聞き返す。カヤトと暁良の視線が、遷己と自分の間を往復しているのを感じた。
「だから、套矢はどうなの?朝奈さんのこと好きなの?」
「は?・・・・・・はあっ!?」
遷己の口から紡がれた爆弾級の言葉に、套矢は思わず素っ頓狂な声をあげた。
何故だ、どうしてそんな話になるんだ?先程とは比べ物にならない冷や汗が背中を濡らし、脳内では意味のない思考と言葉がぐるぐると渦巻く。

「遷己。なんで、そう思うの?」

やっとの思いでそう質問返しをする。きょとんとした顔で言葉を続ける遷己を、瞬きも忘れて見つめる。
「だって、朝奈さんと祷葵は物心ついた時からずっと一緒で、套矢ともずっと一緒だった訳だろ?なんか特別な感情を抱いたりしなかったのか?」
「あ、そういえば姉ちゃん、套矢さんから貰ったっていうオモチャずっと大事に持ってた!」
「へえ~・・・プレゼントですか。好きな子にオモチャをプレゼントしたんですか套矢くん?」
三方向から次々とあがる声に責め立てられ、套矢は自分の脳が徐々に思考を放棄していくのを感じた。
「違う」と一言言えばそれで済む話なのに、震える唇が、うるさいくらいに脈打つ心臓がそれを許そうとしない。

「・・・朝奈、は・・・。」

套矢を見つめる三人の好奇の眼差しが強くなる。じりじりとした焦燥感が肌を焼く。
なるべく自然な、力の抜けた笑顔を作り、套矢は三人の顔を見渡した。
「・・・少し手のかかる、姉みたいな存在かな。」
その言葉に、納得の声を漏らしたのは暁良だけだった。弟という立場にいる以上、何かと苦労することも多い。套矢と暁良が同情の眼差しを送り合っている中、遷己が不満そうに口を尖らせた。
「それだけ?本当になにもないの?」
「ないってば。大体、俺はもうちょっと大人しい子が良い。」
「!!・・・言っておくけど、瑞煕に手は・・・。」
「出さないよ。」
袋叩きに遭うのはごめんだ、とばかりに首を振る。遷己は少し安心したような、それでもまだ複雑そうな表情を浮かべている。―・・・このまま納得してくれれば良いのだけれど。
「・・・じゃあさ。」
そうもいかなかったようだ。遷己の好奇心は止まるところを知らないらしい。観念したような溜息をひとつ零して套矢は言葉の続きを待つ。
「ちっちゃい時は、手のかかる姉だったかもしれないけど、今はどうよ?朝奈さんって、すっげえ美人だしスタイルも良いし、面倒見も良いし、あと・・・。」
「・・・え、遷己。ああいうのが良いのか?絶対苦労するぞ?」
思いつく限りの美辞麗句を並べる遷己に、暁良は若干ひきつった表情を向ける。朝奈に対する賛辞を指折り数えていた手をぴたりと止め、我に返ったらしい遷己は真っ赤になって慌てふためいた。
「ち、違う!そういうんじゃなくて!なんていうか、その!せ、成長したら印象とか変わるだろ!?久しぶりに会ってみてどうだったんだよ!?」
「どうだったもなにも、朝奈は朝奈のまんまだよ。ちっちゃい時からなにも変わっていない。」

―・・・そう。なにも変わってはいないのだ。
太陽のような笑顔も。気の強い性格も。面倒見が良いところも。すぐ泣くところも。その視線が、いつも追いかけている人物も。

「じゃあ、今も朝奈さんは套矢にとってお姉ちゃんのような存在なのかー。」
「そのうち、本当の姉になるかもしれないしな。」

一気にどよめく三人の声を浴びながら、套矢は笑う。結婚か、式はいつだ、と気の早い話で盛り上がっているのを満足気に見つめる。
このまま、話題が逸れて行ってくれるのを願いながら、笑う。

「でもさ、所長さんと副所長さんが結婚しちゃったら、套矢は寂しいんじゃないの?」

(この男は・・・!!)黒い瞳で套矢がギロリと睨みつけるも、カヤトはへらへらとしている。まだまだからかい足りないらしい。
「さ、寂しいわけないだろ。兄さんと朝奈が幸せになってくれるのが、俺の一番の願いなんだから。」
満面の笑みを向けているものの、套矢の額には青筋が浮かんでいる。え~?と煽るような声をあげて開かれたその口内にすかさずテーブルの上のチキンをねじ込んだ。
続けて発せられるはずだった言葉が、もごもごと消えてゆくのを聞いて満足げに息をつく。

(今頃、兄さんも朝奈と一緒にクリスマスを楽しんでいるんだろうな)

窓の外へと視線を向ける。大きく取り付けられたガラスの向こうに広がる暗闇で、白い粒が踊っているのが見えた。
今、この空の下で。たくさんの恋人たちが愛を交わし合っているのだろう。今宵この場にいない3人も、その例外ではないのだろう。

(・・・喜ばしいことなのに。俺がずっと望んでいたことなのに。)
(・・・兄さん)

それでも套矢は、懇願せざるを得なかった。祈るように、すがるように、天井をあおぐ。隣から、自分を呼ぶ声が聞こえる。笑っている。
食堂を見下ろす白い蛍光灯を、套矢はただぼんやりと見つめていた。

(・・・早く帰ってきて・・・兄さん)

夜は、まだはじまったばかりだ。

後日談 はじまらない夜

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